kikutomo notes
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「電子書籍の衝撃」

5月 23rd, 2010 by admin

遅ればせながら「電 子書籍の衝撃」を読みました。そしてがっかりしました。

このところ、よく目にするiPad絡みでの電子出版関連ニュースを読んでも同様ですが、iBooksについても画面キャプチャで見る限り「電子化された書籍」にしか見えないところには残念な気持ちで一杯になります。

まあそれゆえ「読みたい本が全て電子化されていつでも手に入るのを待てない」という理由で所有する本を自らスキャンして持ち歩き、読みたい時に読める環境を作る「自炊」なる行為に走る人が増えているのでしょう。

しばらく前に、知人が音楽家のFamily Treeをとある海外の出版サイトで発表しました。誰がいつからいつまで、何なにというバンドにいた、とか、いつ誰がどのバンドに加入した、というような 履歴がツリー上になって表現されているものなのですが、編集中の元データを見ると、とてつもない規模の情報を含んでいるもので、例えばバンド名/ユニット 名だけでも2万以上の名称を含んでいます。私は音楽好きだ、と思う方はiTunesに登録しているアーティストの数を確認してみると、この数のすごさが認識できるかもしれません。

しかし問題は、性質上、常にアップデートが必要な情報であるため、最初にAからDまでをvol.1として 出版したのですが、vol.2を出す前にvol.1の更新(改訂)が必要になってしまいます。例えばAからZまでの頭文字別に巻を分け、直交する軸に版を設定すれば、Bの最新版、といった形で切り売りができますが、せっかく元データがDBに入っているのですから、バンド名のA〜Zだけでなく、個人名を軸にしたツリーも欲しいという読者が現れたらこれに応えようとすることは比較的容易にできます。

しかし、バンド名と個人名の頭文字分、 26×2に加え、丸ごと入った1冊も入れたりするとそれだけで既に53冊です。これらにISBNやASINをつけてアップデートが生じる度に商品登録をすることになるのでしょうか。

もう一つの例として私が不安になるのは、雑誌がデータで売られるようになり、また、個別の記事もバラ売りされ るようになった際、過去10年分の月刊誌のある連載だけを買いたいと思ったら、120回のクリックで欲しいものをカートに入れる必要があるのか、ということです。

つまり、紙媒体から電子媒体に変わり、そのデータが動的に生成できる可能性が高いにも関わらず、書籍を固定化され た「1冊」という単位で考えたり、書店のメタファを使って電子書籍を売ろうとするのはなぜか、というのが僕の問いなのです。

出版社が中抜き状態に陥っ て、全ての著作がフラットに並べられると質の低下が起きる、などと主張する人は少なからずいますし、編集という作業が出版には欠かせないという主張と大抵は抱き合わせになっています。

であれば、人的な作業に加え、そうしたコンテンツの編集、再編集の技術的な仕組みを出版社がもっと積極的に 考えるべきだし、AmazonやiBooksなどの販売サイトはもっと「動的な1冊」を登録、販売しやすくするAPIなどの公開を急いで欲しい、というのは私の(読者側、発信側双方の)ユーザーとしてのニーズです。

動的なコンテンツはWebで、書籍というものは紙だろうが電子だろうが固定化された状態を指す、という定義の問題であるのならば、電子書籍とは「自炊」するかどうかの差でしかなくて、美味しいものを食べさせてくれるものではないんだな、というがっかり。iPadが出てしばらくしたら、解消するサービスが続々登場するのかもしれません。

Posted in 電子書籍

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