kikutomo notes
日本語で言えることは日本語で。

音楽業界、出版業界の相違

5月 25th, 2010 by admin

立て続けに電子書籍の話を書き留めたくなりました。

電子書籍の衝撃」にも書かれている通り、電子出版の論議には音楽業界との比較が交えられていることが多いと思います。実際、自分がその周辺のことを考えるときにも音楽業界の歩みが多いに役立つような気がしますし、共通点が多いことについては異論を挟む方が少ないとして、違いは何だろうというのが最近よく考えることです。

もっともシンプルで大きな違いは、小説などを想定した際の書籍はデジタルであり、音楽はアナログである、ということだと思っています。言い換えれば、書籍は非連続で、音楽は連続的なもの、ということになります。文章の非可逆圧縮に意味があるか、とか、音楽の電子データにはサンプリングレートがあって品質に影響を与える、ということを考えても、それは自明のことに見えます。

もっとしつこく言えば、明朝体だろうとゴシック体だろうと「木」は「木」でしかない代わりに、読み手に想起する「木」は千差万別です。対して音楽では「ド」であるか「レ」であるかが分かるだけでは音楽として成立しないケースが多いということです。もとより、文字自体が記号なわけですから、書き文字でも印刷された文字でもPDFでも交換可能であるのが狭義の書籍(文章から成るもの)の基本であったわけで、現代においてする議論でもないことです。

と思っていた矢先、講談社から電子書籍で新刊を出される京極夏彦氏の弁には本当に驚かされました。

「紙か電子かと幼稚な議論をする場合ではない」といったWeb上のニュースの見出しから、てっきり紙でも電子でも小説は記号である点で差異はない、という主旨のことを発言されているのだと思って読んでみると、まったくもって逆の意見を述べられています。

京極さんの発言には、前段で納得できるがそこから導かれる氏の結論に多々疑問を感じる点があります。

「テキストデータは単なるデータに過ぎない」
ここは納得できます。そのデータから読み手の脳内で世界が構築できるからこそ、映画やTVでは代替できない小説の特徴があるのかと。

「面白い小説は素で読んでもらえればよい、と言うのは傲慢だと思う」
こう続くのが理解できません。素で読んで面白い小説を書くのが小説家の役目だと思うのですが、そうではないのでしょうか。

「音楽に例えれば、テキストは楽譜に過ぎない」
これも理解できます。だからこそ電車の中で楽譜を読みながら感動したり笑ったりすることは普通の人にはないことなのでしょう。

「きちんとしたプレゼンテーションをしないと商品にならない」
ここで音楽(演奏)が楽譜のプレゼンテーションである、という論調で続けるのは飛躍が過ぎるかと。むしろ音楽の伝達方法の一つとして楽譜が確立されているだけで、楽譜がない音楽など無数に存在しています。

中盤以降は論理的にも納得できないことばかりです。

「・・出版社がいないと書籍にならない。出版社の方に渡して本にしてもらい、さらには読者に読んでもらった時点ではじめて完成するもの」
→本にしてもらって、読んでもらって完成するのが本だ、というのは「書籍=紙の本」を前提とした物言いであって、電子か紙か、についての意見になっていません。

「テキストだけをそのまま出すと、簡単にコピーされてしまう。今回私がこだわったのは電子書籍リーダーアプリ。」
→テキストデータは単なるデータ、と言い切った筈なのに、なぜここでアプリにこだわることになるのか、整合性があるとは思えません。

何よりも残念だったのは、京極さんがInDesignで出版社に原稿を納めているというお話が出たことです。まったくPCやデジタルなものから疎遠なのかと思いきやツールとしては使われているわけで、それならばなお小説の本質が非連続データであることを理解されないのか、と思うのです。

もっときつい言い方をすれば、記号として日本語という言語を使用する前提すら、小説の本質的な部分には不要なのかもしれず、それゆえ元々が日本語で書かれた小説が世界中で読まれ、ノーベル文学賞などを受賞されるケースもあるわけです。単なるテキストデータで表現できない小説を書いていると作家自らが公言するのはファンをがっかりさせないのでしょうか。

と思ってGoogleに尋ねてみたら・・拍手喝采も結構あるようです。

エコトバの社長さんに至っては「映画が監督だけで完成するはずないとみんな分かっている通り、書籍だって著者だけで完成するはずないんですけどね。」とコメントされています。台本だけでは映画にならない、というならまだしも、映画における監督と書籍における著者では根本的に役割の範囲が異なります。

「書籍」というパッケージとそれに含まれる文字データとの関係について、こうも認識の誤りや定義付けの相違があることに愕然としますが、それもこれも2,3年のことなのかもしれません。聖書が手書きから印刷に変わった時に猛烈な批判をした人たちが何年で消えたのか、レコード会社がないとCDは作れないという人が何年で消えたのか。物事を正しく判断する人とそうでない人がいる点で、やはり音楽と書籍の市場変化は本質的に同じなのかもしれません。

Posted in 電子書籍

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